WEBマガジン

マガジン 2011 No.1 (6・27)

◇家事労働者のディーセント・ワーク条約可決
        総会に出席して

                             日本ILO協議会理事長 木村愛子

 ILO第100回総会は、2011年6月1日から17日までジュネーヴで開催された。オブザーヴァ―としての総会参加は、個人的には26回目であったが、新たに発足したILO活動推進日本協議会の理事長という立場からの初参加となった今回は、格別の感慨を持って臨んだ。今年のジュネーヴの天候は不順で、2週間余りの滞在期間中、前半は殆ど雨天で肌寒く、美しいアルプスの山々は雲に覆われていた。

●桜田理事再当選、日本は引き続き3理事体制

今総会においては、3年に一度の理事会メンバーの選挙が行われた。常任理事国である日本の場合、政府側の村木太郎理事以外の労使2名の理事が選挙の対象者であった。まず、使用者側理事の選挙では、松井博志氏が引き続き順当に再選された。これに対して、労働者側理事の候補者は、前任者と交代したばかりの当協議会理事桜田高明氏であった。そのため、経験豊かな前任者の当協議会専務理事中嶋滋氏が応援にかけつけられ、桜田氏は高順位で見事に当選された。結局日本は、政労使の三者が従来通り、ILO本部の理事会のメンバーとして、重責を担われることが決まった。

●賛成票396票

 今総会に上程された個別議題は、1.「雇用および職業差別の排除」に関する第4回目のグローバル・レポートに関する討議。2.基準適用委員会の報告書を巡る討議。3.「家事労働者のディーセント・ワーク」条約案および勧告案の第2次審議と新しい国際労働基準の採択。4.労働行政および労働監督に関する一般討議。5.社会的保護(社会保障)の戦略的目標に関する周期的レヴューであった。これらの審議と並行して、6月9日から17日までの間に、本会議場で、閣僚級の方々も含めた各国代表の演説が行われた。日本政府の代表としては、細川厚生労働大臣の代理として小宮山洋子副大臣が5分間の演説を行った。特に注目されたのは、ドイツのメルケル首相、インドネシアのユドヨノ大統領、ロシアのプーチン首相などの演説であった。私は、日程の都合上、プーチン首相の演説は聴くことができなかった。
 個別議題の中で、特に関心を集めたのは、言うまでもなく、「家事労働者のディーセント・ワーク」に関する第2次委員会審議と新しい国際労働基準の採択であり、私はもっぱらこの審議を傍聴した。家事労働は伝統的に「女性の仕事」とされてきた家事・育児・介護などが中心で、外からは見えにくい長時間労働・低賃金・虐待・セクシュアルハラスメント・プライバシーの欠如などが一般的に見られる過酷な労働であった。このような人権無視の家事労働に従事してきたのは、労働組合などに組織化されず社会的に孤立した貧しい女性・女児・移民労働者など、声を上げる術もない弱い立場にある人々が多数を占めていた。しかし、家事労働者たちが家庭や社会に果たしている貢献は、企業が経済活動を円滑に行い活発化させる上でも必要かつ不可欠なものである。ILOが、ジェンダー平等の原則に立って、「すべての人々にディーセント・ワークをDecent Work for All」という政策課題を達成するには、従来、雇用労働者としては無視され勝ちであったインフォーマル労働者である家事労働者のために国際労働基準を確立し、法的・経済的・社会的に保護を拡充し、人権を保障することが緊急課題となっていた。
 6月1日から開始された「家事労働者のディーセント・ワーク」に関する第2次委員会審議では、昨年以上に厳しく白熱した論議が戦わされ、夜間に及ぶ日も少なくなかった。基準設定に批判的な使用者側の審議引き延ばし作戦と見られる動きも間々見られた。しかし、議長を務めたフィリッピン政府代表の優れたリーダーシップ、南アフリカ・米国・EUなどの諸国の政府代表らの協調的・建設的発言、シンガポール労働側副議長の熱意と英知と忍耐強さに満ちた再三にわたる説得などが総合的に功を奏し、委員会審議は6月10日に終了して、16日に本会議場で記名投票が行われた。その結果は、条約については、賛成票396、反対票16、棄権票63、勧告については、賛成票434、反対票8、棄権票42で、「家事労働者のディーセント・ワーク」条約・勧告は、ILO加盟諸国の政府および労働者側代表の圧倒的多数の支持を得て、ついに成立したのであった。

●日本の使用者は条約棄権、勧告反対

 日本政府と労働者側代表は、条約にも勧告にも賛成票を投じて支持を表明したが、使用者側代表は、条約については棄権、勧告については反対という極めて消極的な対応を示した。海外に進出している日本企業の家庭には、現地の家事労働者が多数雇用され日本人の生活を支えていること、高齢社会における福祉・介護・医療労働者の不足を、近い将来、近隣のアジア諸国に依存しつつ補填する可能性もあり得ることなどを考えると、日本にとっても「家事労働者のディーセント・ワーク」は、決して他人事ではありえない。この歴史的に意義深く重要な国際労働基準の採択については、使用者側としても、グローバルな広い視野と深い洞察力とを持って積極的に対応する社会的・国際的責務があるし、賛成票を投じて貰いたかった。

●小宮山副大臣 条約に触れず

 

 日本政府は、当初は必ずしも積極的な態度ではなく、実は審議の過程でようやく支持表明を行うことにしたという。その証左かも知れないが、本会議場で登壇し世界の政労使に語りかけた小宮山厚労副大臣は、日本の国内状況の説明に終始する内向きで平板なメーッセージを述べるに留まり、この画期的な「家事労働者のディーセント・ワーク」条約・勧告については一言も触れることがなかった。官僚に依存しない「政治主導」を謳ったはずの民主党政権は、一体どうなってしまったのだろうか?
 それと極めて対照的であったのは、ドイツのメルケル首相の演説であった。同氏は、ILOが創設以来果たしてきた世界平和を目指す役割の意義を敬意をこめて語りつつ、「家事労働者のディーセント・ワーク」に関する国際労働基準の設定という困難な課題に挑戦するILOの努力を高く評価し、今後のさらなる活動に期待を寄せられた。「すべての人々にディーセント・ワークを」というILOの政策課題の意味を十分に理解したスケールの大きい政治家をもつドイツ国民を、私は非常に羨ましく思った。ちなみに、日本の首相は、ILOから招待を受けながらも、未だかつて一人もILO総会で演説を果たしたことがないという。ILOの活動に対する姿勢や、果たすべき国際的責務に関する理解がこの程度の国であるからこそ、ILO活動推進日本協議会の存在意義は大きく、今後の活動が大いに期待されていると、あらためて痛感した。

◇ソマビアILO事務局長に木村理事長が協議会結成を報告◇

 総会の合間に木村理事長がソマビアILO事務局長に、日本ILO協議会の設立と活動報告を行いました。ソマビア事務局長は設立を喜び「活動を応援しています」と暖かいメッセージを頂きました。


◇新しい国際労働基準(189号条約、201号勧告)の採択結果

家事労働者のディーセントワークに関する条約(189号条約)は、賛成396票、反対16票、棄権63票、付属する補足的な同名の勧告は、賛成434票、反対8票、棄権42票で採択されました。
 条約に反対した政府は、スワジランド1カ国のみで、棄権した政府は、英国、マレーシア、シンガポール、タイ、スーダン、チェコ、エルサルバドル、パ ナマの8カ国でした。
 棄権した英国政府や使用者側の言い分の主な点に、待機時間を労働時間とみなす10条3項はフィージビリティを欠く、ということがありました。この点に関しては、討議を通じ、「to the extent determined by national laws, regulations or collective agreements, or any other means consistent with national practice(国内法令または労働協約もしくは国内慣行に適する他の手段によって拡大決定しうる)」という文言を入れるという妥協が成立し弾力性がもたされたのですから、反対や棄権の理由が大部分解消されたはずなのですが、・・・。事実、ベルギー、カナダ、フランス、オランダ、スペイン、アイルランド、ニュージーランドの使用者は賛成票を投じています。
日本の政(2票)労使(それぞれ1票)の投票は、以下のとおりでした。
日本政府: 条約(賛成2)、勧告(賛成2)
日本労働側:条約(賛成)、勧告(賛成)
日本使用者側:条約(棄権)、勧告(反対)
 ちなみに、隣国韓国の投票は、日本と似ていて、政府と労働側が、条約、勧告ともに賛成で、使用者が条約に反対、勧告に賛成というものでした。


◇日本の果たす役割は大きい

 ILOの理事会の構成は56人(正理事)で、政府28人、労使それぞれ14人が定数です。
 政府側理事のうち10人は主要産業国として常任理事国(ドイツ、ブラジル、中国、アメリカ、フランス、インド、イタリア、日本、イギリス、ロシア)によって占められます。政府側の残りの18人、労使それぞれ14人が、それぞれのグループで選挙によって、3年ごとにばれます。今年は選挙年でした。

●政労使とも正理事を務める国はわずか5カ国

 選挙の結果、日本の桜田高明氏(労働側)、松井博志氏(使用者側)が、それぞれ高位当選を果たしました。彼らに常任理事国・日本政府代表の村木太郎氏を加え、政労氏3者がともに理事を務めることになりました。
 政労使3者とも理事を務める国は、日本以外では、ドイツ、アメリカ、インド、イギリスの4カ国にすぎません。
 183カ国あるILO加盟国の中でわずか5カ国ですから、大きな責任を負うべき立場にあるといえます。